ちょっとそこまで映画を観に行って

映画を観た感想・レビューを書きます。日常から少し離れて、でも気軽に観に行ける映画はいいもんです。

稲の波(映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」より)

 

透きとおる空気が感じとれる映像美。田んぼの稲が風に吹かれるシーンが印象的だった。なぜかというとそれは決して失われることのない記憶だからだ。この映画のテーマは喪失のなかでも失われないものの尊さだと思う。

 

 

祖父の死。かぞくが一人いなくなった。それぞれの場所で暮らしてお互い何をしているか分からない親類同士が、このお葬式で一つ屋根の下に集まってくる。

 

 

「洋平くんって浪人してるんだよね」「(毛髪を黒く染めるスプレーを手渡して)千春!これやってくれよ」「あんたたちのおじいちゃんのお葬式で、わたしは他人で関係ないんだから」

 

 

自分の興味、関心、立場のことで頭がいっぱいだし、これまでずっと思ってきたことが爆発してみんなの本音がぶつかり合う。おじいちゃんのお葬式だというのにね。主人公の吉子も祖父の死を知らせる電話をとった時に恋人とセックスをしていたことに罪悪感を覚えつづけている。彼女はたびたびそんな現実をひとりごとのように口にする。

 

 

祖父の死をきちんと悲しむようなきれいごとの現実はどこにもない。ひとりのこされた認知症の祖母が老人ホームに入る手配は速やかに行われた。それはそれで嘘偽りない感じでこの映画に好感を持った理由だけど、このバラバラな親類たちがこれから先もずっと「かぞく」であり続けられるのかなぁと不安な気持ちだった。

 

 

それでも「かぞく」を繋ぎとめるのは、変わることのない過去の記憶だと思う。作中のところどころに稲が風に吹かれてなびくシーンがある。過去の記憶のひとつだと思った。農業をする祖父母の家を訪れたとき、誰もがこの稲の波の風景を目にしているはずだ。親類たちがバラバラの関係だろうと、祖父が死に祖母が認知症になったとしても、この風景の記憶は「かぞく」のなかで失われることはない。

 

 

吉子の弟、清太が「泥のついたしわくちゃの1000円札を小遣いで、こっそり握らせてくれたよなぁ」とかつて元気に農業をしていた祖母の想い出をふりかえる。洋平の妹、千春は「むかしよくここでサワガニとりにきたよね」と洋平に問いかける。認知症ながらも祖母のなかでは、祖父の想い出はくっきりと残されている。

 

 

祖父の死によって失われていく無常さが描かれる一方で、過去の記憶は消えることなくあたたかに残り続けるものだと教えてくれた。

 

 

かぞくってなんだろう。それぞれの場所で生きていても、どこかで共有する風景や想い出があって、ゆるやかに繋がり合う関係なのかな。映画のビジュアルのみんなで撮った家族写真を見るたびにそう思う。

 

 

おじいちゃん、死んじゃったって。

2017/日/104分/監督:森ガキ侑大/原作、脚本:山﨑佐保子/出演:岸井ゆきの岩松了、美保純、岡山天音水野美紀光石研小野花梨赤間麻里子、池本啓太、松澤匠

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