ちょっとそこまで映画を観に行って

映画を観た感想・レビューを書きます。日常から少し離れて、でも気軽に観に行ける映画はいいもんです。

音の魅力(映画『パーソナル・ショッパー』より)

 

何に圧倒されたかといえば、間違いなく“音”だ。

 

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映画の宣伝用ビジュアルでは主人公モウリーン(クリステン・スチュワート)がきらびやかな洋服を着ている。ファッションの話から始まると思いきや、冒頭、ホラー映画のような恐怖と緊迫感に包まれる。

 

 

夜の闇が立ち込める誰もいない大きな屋敷。木造の階段を一段ずつのぼるたびに、ギィギィと不気味な音がする。

 

 

霊的な能力を持つモウリーンは、この屋敷に潜むものが何かを見極めようと、ゆっくりと慎重に踏み板をふむ。彼女の心情がそのままギィギィという音に表れているのだ。

 

 

カメラワークも実に巧妙である。緊張した表情が見えるよう真正面から、また背後から彼女が見ている光景を映し出す。

 

 

音と映像とがあいまって、観客に怯えを植えつけてくれた冒頭のシーンはとても印象深い。

 

 

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モウリーンは“パーソナル・ショッパー”である。忙しいセレブに代わって高価な洋服やアクセサリーを買いつける仕事だ。

 

 

毎日その仕事を淡々とこなしているが、一方で彼女は失意のなかにあった。自分と同じ霊的な能力を持った双子の兄・ルイスを亡くしたからである。

 

 

能力を通じて死んだ兄から何らかの“サイン”が届くのをモウリーンは待ち続けていた。冒頭の屋敷でもその存在を探っていたのだが、はっきりとした“サイン”は現れない。

 

 

そんなある日、モウリーンの携帯電話に奇妙なメッセージが届く。乱暴な口調で兄ではないようだ。

 

 

モウリーンはその相手とのやり取りに没入する。“買い付けるだけじゃなくて本当はその洋服を着たいんだろう?”と、自分の知らなかった一面を引き出されていく。

 

 

そして次第にその相手の要求は過激になっていき、ついには事件に巻き込まれてしまうというストーリーだ。

 

  

この映画の特徴は“目に見えない相手との対話”である。冒頭でも、携帯電話のメッセージでも、正体が分からない相手とモウリーンは対話を試みる。

 

 

メッセージなら文面を見れば意味を読みとれるが、終盤のあるシーンでは“音”だけでコミュニケーションをしている。幽霊なのか、その目にみえない相手にモウリーンが質問をする。その返答でイエスなら“音”を1回、ノーなら“音”を2回鳴らすという具合に。

 

 

エスかノーかを知るなら“音の回数”を気にすればいい。ただ、相手の真意を知るには“音の間合い”が重要だと、このシーンは伝えている。

 

 

返答の内容がノーであっても、すぐに答えたのか、ためらいがちに間合いを持って答えたのかでは意味合いが違う。これは普段の私たちのコミュニケーションでも経験があるだろう。発話者の意図は間合いにこそ現れる。

 

 

そんなコミュニケーションの深部を“音”だけで表現したのは見事である。

 

 

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携帯電話でのメッセージのやり取りがきっかけで、モウリーンはクライアントのセレブの家で自分が買い付けた洋服を身につけていく。仕事上では禁じられているがメッセージの相手に後押しされ、彼女はおそるおそる腕を通す。

 

 

このシーンでも興味深い“音”が流れる。かわいらしいメルヘンチックなBGM、まるでシンデレラが魔法で美しいプリンセスへと変貌を遂げるような音楽だ。

 

 

Tシャツとジーンズというシンプルな普段着から、セレブの世界で着られている洋服を身にまとう。

 

 

これも一種の変身といえるが、プリンセスのような陽気さはなく、どこか影の気配を感じるシーンである。それはモウリーンが縛られていたルールを破り、禁じられていたことをしているからだ。

 

 

今までの自分から新しい自分へと生まれ変わる。その最中の彼女の表情、動き方は、少しの怯えからかぎこちない。それでも違う自分になるため、一歩ずつ近づいていく。

 

 

そんな彼女の緊張をよそに流れる、このかわいらしい音楽は不気味で、耳から離れなかった。

 

 

 

パーソナル・ショッパー

Personal Shopper/2016/仏/105分/東北新社、STAR CHANNEL MOVIES/監督:オリヴィエ・アサイヤス/出演:クリステン・スチュワート、ラース・アイディンガー、シグリッド・ブアジズ